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最高裁判所第二小法廷 平成元年(オ)1546号 判決 1990年1月22日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人林武雄の上告理由について

一  仮処分命令の被保全権利が当初から存在しない場合に、仮処分申請人が右命令を得てこれを執行したことに故意又は過失があったときは、右申請人は、民法七〇九条により、被申請人がその執行によって受けた損害を賠償する義務を負担すべきものである。しかし、仮処分命令の本案訴訟において原告敗訴の判決が確定したとしても、その一事をもって、直ちに右過失が存すると断ずることはできない(最高裁昭和四三年(オ)第二六〇号同年一二月二四日第三小法廷判決・民集二二巻一三号三四二八頁参照)。

二  これを本件についてみるに、

本件は、上告人及び被上告人の父である訴外加藤久助から、土地の表示登記を経ていた同訴外人所有の本件土地を贈与された上告人が、同訴外人の死後、その遺言の執行により本件土地について所有権保存登記を経た被上告人に対して、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続請求権を被保全権利として、本件土地の譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分を禁止する旨の仮処分を申請し、右申請に係る決定の執行としてその旨の登記がされたところ、本案訴訟において上告人敗訴の判決が確定したので、被上告人が上告人に対して、右仮処分の申請について上告人に過失があったとして、右仮処分の執行により本件土地を賃貸することができなかったことにより失った賃料に相当する損害の一部の賠償を請求するものであるところ、記録によれば、上告人は、次の事実を主張していることが認められる。

(1) 上告人は、訴外加藤久助から、昭和三四年から昭和三六年までの間に本件土地の贈与を受けてその引渡しを受け、以後、本件土地を占有、管理し、本件土地の地目は、昭和五三年一一月二六日には畑から雑種地に変更された。

(2) 訴外加藤久助は、昭和五六年一一月六日、本件土地を被上告人に「相続させる」旨の公正証書による遺言をして、その三日後の同月九日に死亡した。

(3) 被上告人は、右遺言書の存在を上告人に知らせることなく、これを相続を証する書面として、同年一二月八日、本件土地について被上告人を所有者とする所有権保存登記手続をした。

(4) 上告人は、被上告人が本件土地を相続により取得したものであり、訴外加藤久助から贈与を原因とする上告人への所有権移転登記義務を承継するものであって、相続を原因とするその所有権取得を上告人に対抗することはできないとして、本件仮処分の申請をした。

(5) 上告人は、右理由に加えて、仮に、上告人と被上告人とが対抗関係に立つとしても、被上告人は上告人が本件土地の贈与を受けて以来、これを占有、管理してきた事実を知りながら、本件土地の所有権保存登記手続をしたものであり、上告人の登記欠缺を主張することができない背信的悪意者に当たるとして本件仮処分の本案訴訟を提起したが、第一審及び第二審においては、本件遺言の趣旨が遺贈であることについて自白が成立したものとされ、推定相続人たる上告人は登記を具備することなしには生前贈与により取得した所有権をもって本件土地の遺贈を受けた推定相続人たる被上告人に対抗することができないとして、上告人敗訴の判決がされた。

(6) 上告人は、本案の第二審判決に対して、本件遺言の趣旨は遺贈ではなく、遺産分割方法の指定であり、その故に、訴外加藤久助の相続人たる被上告人は相続開始前に同訴外人から贈与を受けた上告人に対して権利を主張することができないとの事実を主張して上告したが、この点は事実審の専権に属する事実認定に係るものであるとして上告が棄却され、上告人敗訴の判決が確定した。

ところで、本件遺言の趣旨を遺贈又は遺産分割方法の指定のいずれと解すべきかは遺言の解釈に関するものであるところ、上告人の前記主張によれば、上告人が右遺言の趣旨を遺産分割方法の指定と解したことは首肯し得るところであり、上告人主張に係る右事実経過に照らせば、本件仮処分命令の申請に際して、上告人が取得した本件土地所有権を被上告人に対抗することができないとの判断を通常人に期待することも困難であったことが窺われるのである。

三  そうすると、右の点を審理することなく、仮処分命令の本案訴訟において原告敗訴の判決が確定したこと及び仮処分申請における主張がその本案判決において採用されなかったことを理由として上告人に過失ありとした原審の判断には、民法七〇九条の解釈適用を誤ったか、審理不尽の違法があるものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よって、右の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すことが相当であるので、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野久之 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭 裁判官 香川保一 裁判官 草場良八)

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